モーツァルト作曲オペラ『ドン・ジョヴァンニ』より”手を取り合って”
ドン・ジョヴァンニとツェルリーナのデュエット
ドン・ジョヴァンニと言えば思い出すのが、映画「アマデウス」のモーツァルトのお父さんが亡くなったシーン。
その直後に流れたのがこのオペラの最後の巨大な石像がドン・ジョヴァンニに襲いかかるシーン。
なかなか強烈なオペラなのです。
この曲はプレイボーイのドン・ジョヴァンニが婚約者のいるツェルリーナを誘惑する、あま〜いデュエット。
まぁ、言わずと知れた、最低男なのですが、魅力と甘い言葉ににしっかりと騙されてしまうのです。
原語
Là ci darem la mano
Don Giovanni
Là ci darem la mano,
Là mi dirai di sì:
Vedi, non è lontano,
Partiam, ben mio, da qui.
Zerlina
Vorrei e non vorrei,
Mi trema un poco il cor,
Felice, è ver, sarei,
Ma può burlarmi ancor!
Don Giovanni
Vieni, mio bel diletto!
Zerlina
Mi fa pietà Masetto.
Don Giovanni
Io cangierò tua sorte.
Zerlina
Presto… non son più forte.
Don Giovanni
Andiam!
Zerlina
Andiam!
Duet
Andiam, andiam, mio bene,
a ristorar le pene
D’un innocente amor.
日本語訳
『ドン・ジョヴァンニ』二重唱
「手を取り合って(Là ci darem la mano)」日本語訳
ドン・ジョヴァンニ
そこで僕たちは手を取り合い、 そこで君は「はい」と言ってくれる。
ほら、美しい未来はすぐそこに。
さあ、愛しい人、ここから一緒に行こう。
ツェルリーナ
そうしたい、でもどうしようかしら。
胸が少し震えるわ。
幸せになれるでしょうね、確かに。
でも、また騙されるかもしれないわ!
ドン・ジョヴァンニ
おいで、僕の美しい人!
ツェルリーナ
マゼットがかわいそうだわ。
ドン・ジョヴァンニ
君の運命を変えてあげよう。
ツェルリーナ
もうすぐ……もう抵抗できないわ。
ドン・ジョヴァンニ
行こう!
ツェルリーナ
行きましょう!
二重唱
行こう、行こう、愛しい人よ。
無垢な愛の苦しみを 癒やすために。
解説
1. Don Giovanni:Là ci darem la mano
Là ci darem la mano, Là mi dirai di sì: Vedi, non è lontano, Partiam, ben mio, da qui.
① Là ci darem la mano
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Là | あそこに、そこで |
| ci | ここでは「お互いに」「私たちに」に近い働き |
| darem | dare(与える)の未来形。daremo(私たちは与える)の詩的な短縮形 |
| la | その(女性名詞につく定冠詞) |
| mano | 手(女性名詞) |
直訳:「そこで私たちは手を取り合うだろう」
自然な訳:「そこで僕たちは手を取り合おう」
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dare la mano は「手を差し出す」「手を取る」という表現です。
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ci darem は「私たちがお互いに手を差し出す」という意味合いです。
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darem は歌詞や詩でよく使われる短縮形で、通常の形は daremo です。
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② Là mi dirai di sì
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Là | そこで |
| mi | 私に |
| dirai | dire(言う)の未来形。「君は言うだろう」 |
| di | ~と、~ということを |
| sì | はい、そうです |
直訳:「そこで君は僕に『はい』と言うだろう」
自然な訳:「そこで君は『はい』と言ってくれる」
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dire は「言う」。
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dirai は二人称単数の未来形で、「君は言うだろう」。
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dire di sì は「承諾する」「はいと言う」という意味です。
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ドン・ジョヴァンニは、ツェルリーナが自分の誘いを受け入れることを、すでに決まった未来のように語っています。
③ Vedi, non è lontano
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Vedi | 見てごらん、ほら(vedere「見る」の tu に対する命令形) |
| non | ~ない |
| è | ~である(essere「~である」の三人称単数) |
| lontano | 遠い |
直訳:「ほら、遠くない」
自然な訳:「ほら、そこはすぐ近くだよ」
ここでの lontano は、文脈上、二人が向かおうとしている場所が遠くないことを表します。
④ Partiam, ben mio, da qui
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Partiam | 出発しよう、立ち去ろう(partiamo の詩的な短縮形) |
| ben | bene に由来する形。「愛しい」「大切な」という呼びかけの表現の一部 |
| mio | 私の |
| da | ~から |
| qui | ここ |
直訳:「さあ、愛しい人よ、ここから出発しよう」
自然な訳:「さあ、愛しい人、ここから一緒に行こう」
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partire は「出発する」「立ち去る」。
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partiamo は「私たちは出発する」ですが、呼びかけや勧誘では「出発しよう」という意味になります。
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ben mio は直訳しにくい愛称表現で、「愛しい人」「いとしいあなた」に相当します。
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2. Zerlina:Vorrei e non vorrei
Vorrei e non vorrei, Mi trema un poco il cor, Felice, è ver, sarei, Ma può burlarmi ancor!
① Vorrei e non vorrei
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Vorrei | ~したい、~したいのですが(volere の条件法現在・一人称単数) |
| e | そして |
| non | ~ない |
| vorrei | ~したい、~したいのですが |
直訳:「私は望む、そして望まない」
自然な訳:「そうしたい、でもそうしたくない」
ここはツェルリーナの心の揺れを表す、とても重要な一節です。
vorrei は単なる「欲しい」ではなく、「~したいのだけれど」という、ためらいや控えめな気持ちを含む表現です。
同じ言葉を肯定と否定で繰り返すことで、彼女の中にある二つの気持ちが示されています。
② Mi trema un poco il cor
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Mi | 私に、私の身に |
| trema | 震える(tremare「震える」の三人称単数) |
| un | ひとつの、少しの |
| poco | 少し |
| il | その(男性名詞につく定冠詞) |
| cor | 心(cuore の詩的な短縮形) |
直訳:「私の心が少し震える」
自然な訳:「胸が少し震えるわ」
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tremare は「震える」。
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un poco は「少し」。
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cor は通常 cuore と書きますが、詩やオペラの歌詞では音節数を整えるために短縮されることがあります。
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ここでの震えは、恐怖だけではありません。恋心、期待、不安などが混ざった動揺と考えられます。
③ Felice, è ver, sarei
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Felice | 幸せな |
| è | ~である |
| ver | 真実(vero の詩的な短縮形) |
| sarei | 私は~だろう(essere の条件法現在・一人称単数) |
直訳:「幸せに、確かに、私はなるだろう」
自然な訳:「幸せになれるでしょうね、確かに」
語順が通常の散文とは異なり、Felice が先に置かれています。歌詞では感情や音楽的な流れを優先して、このような語順が使われます。
また、sarei は条件法なので、「私は幸せだ」と断言するのではなく、「幸せになれるでしょう」という仮定を含みます。
④ Ma può burlarmi ancor!
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Ma | しかし、でも |
| può | ~できる、~するかもしれない(potere の三人称単数) |
| burlarmi | 私をからかう、私をだます |
| ancor | まだ、また(ancora の短縮形) |
直訳:「でも、彼はまた私をからかうかもしれない!」
自然な訳:「でも、また私をだますかもしれないわ!」
burlarmi は、burlare(からかう、愚弄する)に mi(私を)が付いた形です。
ツェルリーナはドン・ジョヴァンニの魅力に引かれながらも、彼の言葉を信じてよいのか不安に感じています。
3. Don Giovanni:Vieni, mio bel diletto!
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Vieni | おいで、来て(venire の tu に対する命令形) |
| mio | 私の |
| bel | 美しい、愛らしい(bello の短縮形) |
| diletto | 愛しい人、喜び、愛する者 |
直訳:「おいで、私の美しい愛しい人!」
自然な訳:「おいで、僕の愛しい人!」
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bello は名詞の前で bel になることがあります。
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diletto は「喜び」「愛する人」という意味を持ちます。
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ここでは、ドン・ジョヴァンニが親密な呼びかけによって、ツェルリーナとの心理的な距離を縮めようとしています。
4. Zerlina:Mi fa pietà Masetto
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Mi | 私に、私の心に |
| fa | ~させる、~を引き起こす(fare の三人称単数) |
| pietà | 哀れみ、同情 |
| Masetto | マゼット(ツェルリーナの婚約者) |
直訳:「マゼットは私に哀れみを感じさせる」
自然な訳:「マゼットがかわいそうだわ」
ここで重要なのは、fare pietà a qualcuno という表現です。
これは「誰かの同情を誘う」「誰かをかわいそうに思わせる」という意味になります。
ツェルリーナは、自分を誘惑するドン・ジョヴァンニに惹かれつつ、婚約者マゼットへの良心の呵責も感じています。
5. Don Giovanni:Io cangierò tua sorte
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Io | 私は |
| cangierò | 変えるだろう(cangiare の未来形・一人称単数) |
| tua | 君の |
| sorte | 運命、境遇 |
直訳:「私は君の運命を変えるだろう」
自然な訳:「君の運命を変えてあげよう」
cangiare は「変える」という意味で、現代イタリア語では cambiare がより一般的です。
cangierò は未来形で、「私が変えてあげる」という約束を表します。
ドン・ジョヴァンニは、自分と一緒に行けばツェルリーナの人生が変わるかのように語り、彼女を誘惑しています。
6. Zerlina:Presto… non son più forte
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Presto | すぐに、早く |
| non | ~ない |
| son | ~である(sono の短縮形) |
| più | もはや、これ以上 |
| forte | 強い |
直訳:「もうすぐ……私はもはや強くない」
自然な訳:「もう……私、これ以上は抵抗できないわ」
non … più は「もはや~ない」「これ以上~ない」という否定表現です。
forte は文字どおりには「強い」ですが、この場面では、誘惑に抗う心の強さを指すと解釈できます。
なお、presto は「すぐに」「早く」という意味で、ここでは歌の流れや感情の高まりに応じて訳し方が変わります。
7. Don Giovanni / Zerlina:Andiam!
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Andiam | 行こう(andiamo の詩的な短縮形) |
| Andiam | 同じ言葉をツェルリーナも繰り返す |
自然な訳:「行こう!」「行きましょう!」
andare は「行く」という意味です。
andiamo は「私たちは行く」という直説法の形ですが、会話では「行こう」という勧誘にも使われます。
二人が同じ言葉を歌うことで、ツェルリーナがドン・ジョヴァンニの誘いに応じ始めたことが音楽的にも示されます。
8. 二重唱:Andiam, andiam, mio bene
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| Andiam | 行こう |
| andiam | 行こう(繰り返しによる強調) |
| mio | 私の |
| bene | 善、よいもの、愛しい人 |
直訳:「行こう、行こう、私の愛しい人よ」
自然な訳:「行こう、行こう、愛しい人よ」
mio bene は、相手を「私の愛しい人」と呼ぶ愛情表現です。
ここでの bene は「善」という抽象的な意味ではなく、愛する相手を指しています。
9. a ristorar le pene
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| a | ~するために |
| ristorar | 癒やす、慰める(ristorare の詩的な短縮形) |
| le | その(女性複数名詞につく定冠詞) |
| pene | 苦しみ、悲しみ、心の痛み |
直訳:「苦しみを癒やすために」
自然な訳:「苦しみを慰めるために」
ristorare は、疲労や苦しみを和らげ、回復させるという意味です。
pene は pena(苦しみ、悲しみ)の複数形です。
10. D’un innocente amor
| イタリア語 | 意味・文法 |
|---|---|
| D’ | di の省略形。「~の」 |
| un | ひとつの、ある |
| innocente | 無垢な、罪のない |
| amor | 愛(amore の詩的な短縮形) |
直訳:「無垢な愛の」
前の行とつなげると、
「無垢な愛の苦しみを癒やすために」
となります。
innocente は「罪がない」「純真な」という意味です。
ただし、この場面では「無垢な愛」という言葉が、実際の二人の状況と必ずしも一致していない点も重要です。
ドン・ジョヴァンニの誘いには誘惑の意図があり、ツェルリーナには婚約者マゼットへの後ろめたさがあります。
覚えておきたい重要な文法ポイント
| 表現 | 文法・意味 |
|---|---|
| vorrei | 条件法。「~したいのですが」 |
| dirai | 未来形。「君は言うだろう」 |
| darem / partiam / andiam | 歌詞で使われる短縮形 |
| non … più | 「もはや~ない」「これ以上~ない」 |
| mi + 動詞 | 「私に~する」「私が~を感じる」など、動詞によって意味が変わる |
| ben mio / mio bene | 「愛しい人」という呼びかけ |
| cor / amor / ancor | cuore / amore / ancora の詩的な短縮形 |
この二重唱を歌うときは、単語の意味だけでなく、ドン・ジョヴァンニの自信に満ちた誘いと、ツェルリーナの「惹かれる気持ち」と「ためらい」の揺れを意識すると、歌詞と音楽の両方がより深く理解できます。